
RISC-Vとは —半導体業界を変えるオープンなCPU設計
2026-08-13 ・ 実践
CPUの中身を分解していくと、最後には「どんな命令をどう実行するか」を決めたルールブックにたどり着きます。これを命令セットアーキテクチャ(ISA)と呼びます。長らくこの世界は、IntelやAMDが握るx86、そしてArmが管理する命令セットの、いわば「二強+ライセンス制」の世界でした。そこに近年、無料で誰でも使える新顔として存在感を増しているのが「RISC-V(リスクファイブ)」です。組み込み機器からAIアクセラレータ、さらには国家レベルの半導体戦略にまで話が広がるこのRISC-V、いったい何がそんなに特別なのでしょうか。今日はその正体をゆるっと紐解いていきます。
この記事で分かること
- 命令セットアーキテクチャ(ISA)はCPUの「言語仕様」であり、これが違うとソフトは動かない
- RISC-Vはオープンソースかつロイヤリティフリーで、誰でも自由にCPUを設計できる
- 地政学的な緊張の中で、輸出規制の影響を受けにくい選択肢として各国・各社が注目している
対象読者:CPUや半導体設計の基礎を学びたいエンジニア・学生の方
執筆:ゆるふわ半導体編集部 最終更新日:2026年8月13日
そもそも命令セットアーキテクチャ(ISA)って何?
CPUは「足し算をする」「メモリからデータを読む」といった単純な命令の集まりを、ものすごい速さで実行することで動いています。この命令の種類、書き方、レジスタの数といった仕様を定めた「文法書」にあたるのがISAです。
命令セットアーキテクチャ(めいれいせっとあーきてくちゃ(ISA))
CPUが理解できる命令の種類・形式・動作を定義した仕様のこと。ソフトウェアとハードウェアの間の「契約書」のような役割を果たし、同じISAであればメーカーが違うCPUでも同じソフトが動く。
たとえばWindowsパソコンの多くはx86という命令セットで動き、スマホの多くはArmという命令セットで動いています。ISAが異なると、コンパイラが吐き出す機械語もまったく別物になるため、基本的にソフトはそのまま動きません。だからこそISAの選択は、CPU設計における最初の、そして最も重い意思決定のひとつなのです。
x86・Armという「有料の言語」
x86はIntelとAMDが実質的に握る命令セットで、外部企業が自由に使うことはできません。Armは「ライセンスビジネス」という形でオープン気味に見えますが、実際にはArm社に設計ライセンス料やロイヤリティを支払う必要があります。つまりどちらも、CPUを作りたい企業からすると「誰かの土地を借りて家を建てる」ような状態でした。
x86 / Arm
- 設計元企業が仕様を管理・独占
- ライセンス料やロイヤリティが発生(特にArm)
- 仕様変更や拡張は設計元の許可が必要
- 地政学リスクで供給が止まる可能性がある
RISC-V
- 非営利団体RISC-V Internationalが仕様を策定
- 誰でも無料で仕様を使い、実装できる
- 独自の拡張命令を自由に追加できる
- 特定国・特定企業に依存しない
RISC-Vはなぜ「オープン」なのか
RISC-Vはもともと2010年にカリフォルニア大学バークレー校で始まった研究プロジェクトです。現在は非営利団体RISC-V Internationalが仕様を策定・管理しており、その仕様書は誰でも無料で読み、実装し、製品化できます。特許料もロイヤリティも発生しません。
オープンソースハードウェアという発想
RISC-Vは「オープンソースソフトウェア」の考え方をCPUの設計図(ハードウェア)に持ち込んだものと理解すると分かりやすいです。Linuxが特定企業のOSに依存しない選択肢を提供したように、RISC-Vは特定企業のCPU仕様に依存しない選択肢を提供しています。
これにより、企業は「基本のISAはそのまま使い、自社のニーズに合わせて独自の命令を追加する」といった柔軟なカスタマイズが可能になります。AIアクセラレータのように、行列演算に特化した専用命令を追加したいケースでは、この自由度は非常に大きな武器になります。
地政学が後押しする「オープンな選択肢」
RISC-Vが単なる技術トレンドを超えて注目される最大の理由は、地政学です。米国による半導体・先端技術の輸出規制が強まる中、中国はArmやx86への依存を減らす手段としてRISC-Vへの投資を急速に拡大しています1。RISC-V自体は特定の国の企業が管理するものではなく、仕様そのものに「使用禁止」をかけることが技術的にも制度的にも難しいため、輸出規制の影響を受けにくい選択肢として捉えられているのです。
一方でこの動きは米国内でも議論を呼んでいます。RISC-Vへの関与を弱めれば、標準仕様の策定における影響力を中国に譲り渡すことになりかねないという懸念から、むしろ米国企業が積極的に参加を続けるべきだという指摘も出ています2。RISC-Vは「誰の味方でもない」がゆえに、逆に国家間の綱引きの舞台になっているとも言えます。
160億
2030年までの累計出荷SoC予測(個)
約40%
出荷数の年平均成長率(CAGR)予測
約25%
一部調査によるCPU市場浸透率(2025年末時点)
どこで使われているのか
RISC-Vが最初に広がったのは、マイコンやIoT機器といった「ソフト資産の互換性よりコストと省電力が重視される」領域でした。ESP32-C3のような低価格マイコンにRISC-Vコアが搭載され、家電やセンサー機器で静かに普及が進んでいます。
近年はさらに上位の領域にも広がっています。NVIDIAはGPU内部の制御用マイクロコントローラ(GPU System Processorなど)に自社開発のRISC-Vコアを採用しており、2024年には年間で10億個規模のRISC-Vコアを出荷すると報じられました3。Qualcommも自動運転やAI関連の投資でRISC-Vベースのアクセラレータ企業への出資を進めるなど、大手ファブレス企業の取り組みも本格化しています4。
RISC-V採用が広がってきた流れ
2010年〜
UCバークレーで研究プロジェクトとして誕生
2015年〜
組み込み・IoT機器向けマイコンで採用が拡大
2018年〜
NVIDIAなど大手がGPU内部の制御コアに採用
2020年代半ば〜
中国が国策として投資を加速、AIアクセラレータにも波及
2025年〜
Qualcommなど大手ファブレスが本格参入、サーバー領域も視野に
もっとも、パソコンやスマホのメインCPUの市場では、x86やArm向けに最適化された膨大なソフトウェア資産(エコシステム)がまだ強力な壁として存在します。RISC-Vが「今日から全部入れ替わる」という話ではなく、まずは組み込み・IoT・専用アクセラレータといった「新しく設計する領域」から着実に浸透しているというのが実態に近いでしょう。
まとめ
- ISAはCPUの「文法書」であり、これが異なるとソフトウェアはそのまま動かない
- x86はIntel/AMD、Armはライセンス制という「有料の言語」だった
- RISC-Vは非営利団体が管理する無料・オープンな命令セットで、自由に拡張できる
- 輸出規制などの地政学リスクを避けたい国・企業にとって魅力的な選択肢になっている
- IoTやマイコンから始まり、GPU制御コアやAIアクセラレータへと採用領域が広がっている
- メインCPU市場ではまだx86・Armのソフトウェア資産が強く、置き換えは緩やかに進行中
もう少し詳しく(背景)
RISC-Vの設計思想には「命令セットをシンプルに保つ」というRISCの伝統的な発想が息づいています。命令の種類を絞り込むことで、CPUの内部回路をシンプルに保ちやすく、低消費電力・低コストな実装がしやすいという利点があります。これは特にバッテリー駆動のIoT機器や、チップ面積あたりの性能効率が重視されるAIアクセラレータとの相性の良さにつながっています。
地政学の文脈では、中国は北京・上海・深センなどの企業に対してRISC-Vの採用を促す施策を進め、アリババ傘下のT-Headによるプロセッサ開発や、特許を共有し合う企業連合の形成など、国産化を後押しする動きが目立っています1。一方で米国側では、RISC-Vへの関与を弱めることが長期的な標準策定における影響力低下につながりかねないという懸念から、むしろ積極的な参加を維持すべきだという政策提言も出ています2。オープンであるがゆえに、技術そのものが特定の陣営に属さない一方、その活用戦略は各国・各社の思惑によって大きく色分けされているのが現在のRISC-Vを取り巻く状況です。
半導体産業全体を巡る米中対立の構図については、半導体地政学の記事もあわせてご覧ください。また、CPUがどのように動作するのかという基礎知識はCPUの仕組みで、チップができるまでの流れは半導体設計の流れで解説しています。AI向け半導体の需要動向についてはAI半導体需要の記事も参考になります。
参考資料・出典
- RISC-V International Annual Report 2025RISC-V Internationalによる公式年次報告書。会員数や普及動向を掲載
- Nvidia to ship a billion of RISC-V cores in 2024 - Tom's HardwareNVIDIAのGPU内制御コアへのRISC-V採用状況を報じた記事
- China all in on RISC-V open-source chip design - Asia Times中国政府・企業によるRISC-V国産化戦略を報じた記事
- Sustaining Standards Leadership: The United States Cannot Disengage from RISC-V - CSIS米シンクタンクCSISによるRISC-Vの地政学的意義に関する分析
- RISC-V Hits 25% Market Penetration as Qualcomm and Meta Lead the Shift to Open-Source SiliconQualcommやMetaによるRISC-V採用拡大と市場浸透率に関する報道
- RISC-V for IoT & Embedded - RISC-V InternationalIoT・組み込み分野におけるRISC-V活用事例の公式紹介ページ
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執筆:ゆるふわ半導体編集部 最終更新日:2026年8月13日
Footnotes
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中国はArmやx86への依存低減を目的に、RISC-V関連の国産化投資や企業連合の形成を進めている。詳細はAsia Timesなどの報道を参照。 ↩ ↩2
-
米シンクタンクCSISは、米国がRISC-Vへの関与を弱めることは標準策定における影響力低下につながりかねないと指摘し、積極的な参加継続を提言している。 ↩ ↩2
-
NVIDIAはGPU内部の制御用マイクロコントローラ(GPU System Processorなど)に自社開発のRISC-Vコアを採用しており、2024年には年間で約10億個規模のRISC-Vコアを出荷する見通しが報じられた。 ↩
-
Qualcommは自動運転・AI関連分野でRISC-Vベースのアクセラレータ企業への大型出資を進めるなど、大手ファブレス企業としての取り組みを本格化させている。 ↩