
バックサイド電源供給(BSPD)とは — Intel PowerViaとTSMC Super Power Railが変える配線の常識
2026-09-14 ・ 実践
半導体のトランジスタは何十年もの間、信号線と電源線の両方をウエハの「表側」だけに積み上げてきました。しかしGAA世代に入り配線がますます密になる中で、この前提そのものが限界に近づいています。その解決策として、**電源配線だけをウエハの裏側に引っ越しさせ、表側を信号配線専用にする「バックサイド電源供給(Backside Power Delivery、BSPD)」**という技術が、2025〜2026年にかけていよいよ量産段階に入りました。IntelはPowerViaを18A世代(Panther Lake等)ですでに量産に投入し、TSMCはSuper Power Rail(SPR)をA16世代で2026年後半の量産開始に向けて準備しています。この記事では、BSPDがなぜ必要になったのか、各社のアプローチの違い、量産ロードマップをゆるっと整理します。
この記事で分かること
- 従来の配線構造は電源線と信号線が同じ表側の配線層を奪い合い、微細化するほどIRドロップ(電圧降下)と配線混雑が悪化していた
- BSPDは電源配線をウエハ裏側に移設し、表側を信号配線専用にすることでIRドロップと配線混雑を同時に緩和する
- Intel PowerViaは18A世代(Panther Lake・Clearwater Forest)ですでに量産中、TSMC Super Power RailはA16世代で2026年後半の量産を予定、Samsungは2027年のSF2Zで追随を計画している
対象読者:プロセス技術・チップ設計の最新動向を追うエンジニアの方
執筆:ゆるふわ半導体編集部 最終更新日:2026年9月14日
電源配線が「表側」を圧迫してきた問題
IRドロップ(IR Drop)(あいあーるどろっぷ)
電源から個々のトランジスタまで電流が配線抵抗(R)を通って流れる際に生じる電圧降下のことです。オームの法則(V=IR)のとおり、配線が細く長くなるほど、また電流(I)が大きくなるほどIRドロップは増大します。トランジスタに届く電圧が設計値より下がると、動作速度の低下や誤動作の原因になるため、微細化が進むほど深刻な設計課題になります。
これまでのチップでは、電源を届ける太い配線も、論理回路をつなぐ細かい信号配線も、すべてウエハの同じ「表側」の配線層(BEOL)を奪い合ってきました。GAA世代のようにGAA(ゲートオールアラウンド)トランジスタでトランジスタ密度がさらに上がると、限られた配線層の中に電源線と信号線を詰め込まなければならず、電源線を太くして電圧降下を抑えようとすると信号配線用のスペースが圧迫される、というトレードオフが年々厳しくなっていました。imecの研究では、電源配線をチャネル直下に埋め込む「Buried Power Rail(BPR)」だけでも動的IRドロップを26%改善できる一方、電源配線を裏側に完全に移設するBSPDを組み合わせるとさらに75%改善できるとされています1。
90%超
Intel PowerViaテストチップで達成した標準セル利用率
6%
同テストチップで得られた動作周波数の向上幅
8〜10%
TSMC A16がN2P比で得る同電力時の速度向上
2027年
SamsungがBSPD(SF2Z)の量産を計画する時期
表側配線とバックサイド電源供給、何が変わるのか
従来型(フロントサイド)配線
- 電源線・信号線がともにウエハ表側の配線層を共有
- 電源線を太くするほど信号配線用のスペースが圧迫される
- 電源経路が長く、配線抵抗によるIRドロップが蓄積しやすい
- セル利用率(回路密度)が電源配線の取り回しで頭打ちになりやすい
バックサイド電源供給(BSPD)
- 電源線をウエハ裏側に移設し、表側は信号配線専用にする
- 電源線を太く・短くでき、信号配線とスペースを奪い合わない
- 電源経路が短縮され、IRドロップを大幅に低減できる
- 標準セルの利用率・実装密度を高めやすく、チップ面積縮小にも寄与する
BSPDの基本構造では、ウエハを製造した後にいったん表側をキャリアウエハに貼り付けて裏返し、シリコン基板を数マイクロメートルまで薄く削ってから、ナノスケールのTSV(貫通シリコンビア、nano-TSV)を掘ってトランジスタの電源端子に到達させます1。この「ウエハを薄くして裏側から電源を突き刺す」というプロセスは、チップレットと先端パッケージで扱ったダイ同士を垂直に貫通するTSVと発想は近いものの、パッケージ単位ではなくトランジスタ単位の配線技術という点で異なります。
Intel PowerVia:業界に先駆けて量産投入
IntelはBSPDの実用化で最も早く動きました。2023年、Intel 4ベースの改良プロセスで製造したテストチップにより、PowerViaを組み込んだEコアで90%を超える標準セル利用率、30%超の電圧ドループ改善、そして無印との比較で6%の動作周波数向上を確認し、コストや歩留まり、テスト工程に悪影響が出ないことも合わせて実証しました2。この結果を踏まえ、IntelはGAA構造「RibbonFET」とPowerViaを世界で初めて同時に量産投入する世代として18Aを位置づけ、プロセスノード(nm)とはでも触れたようにIntel 3世代比で最大15%の性能あたり消費電力(perf/W)改善、iso power時で最大18%の性能向上、iso performance時で最大38%の消費電力削減、30%のチップ密度向上を公式に掲げています3。18AはPanther Lake(Core Ultraシリーズ3)やサーバー向けClearwater Forestにすでに採用されており、アリゾナ州チャンドラーの新工場Fab 52で量産されています3。
PowerViaの接続方式
PowerViaは、他社が研究していた「Buried Power Rail(BPR)」方式よりもさらに一歩進んだ構造で、ナノTSVを介してより直接的にトランジスタへ電源を届ける設計になっています。表側は信号配線に完全に明け渡す形になるため、標準セルの実装効率が上がりやすいのが特徴です2。
TSMC Super Power Rail:A16で2026年後半に量産
TSMCはBSPDを「Super Power Rail(SPR)」と呼び、当初はN2世代への搭載も検討されていましたが、開発スケジュールとの整合を優先して次のA16世代に統合する判断がなされました4。SPRはトランジスタのソース・ドレインに裏側から直接コンタクトする方式を採用しており、業界で比較されるBPR・PowerVia・裏面直接コンタクトの3方式の中でも面積スケーリングの点で有利とされています4。A16はN2Pと比較して同消費電力で8〜10%の速度向上、同速度で15〜20%の消費電力削減、8〜10%のチップ密度向上を掲げ、AI・HPC向け用途を主要ターゲットに2026年後半の量産開始を予定しています5。
BSPD量産ロードマップ(主要3社)
2025年
Intel 18A(PowerVia)がPanther Lake・Clearwater Forestで量産開始。業界初のGAA×BSPD同時投入
2026年後半
TSMC A16(Super Power Rail)が量産開始目標。まずHPC/AI向け顧客から展開
2027年
Samsung SF2Z(BSPDN)が量産開始予定。2nmチップ面積を最大17%縮小する狙い
Samsungも2nm世代のロードマップでBSPD(同社ではBSPDNと表記)の投入を計画しており、モバイル向けSF2・SF2Pに続く高性能computing向けのSF2Z・SF2Xで2027〜2028年ごろの量産を目指すとされています。BSPDNの導入によって2nmチップの面積を最大17%縮小できるという見立ても報じられており、IntelとTSMCに次ぐ「第三の選択肢」として位置づけられています6。
BSPD量産化の難所
BSPDはウエハを数マイクロメートルまで薄く削り、精密なナノTSVで裏側から電源を通すという、既存の前工程にはない工程を追加する必要があります。ウエハの反り・熱管理・アライメント精度、そして薄化後のウエハをどう検査・テストするかといった課題は各社が量産の中で個別に解決してきており、歩留まりを保ったまま安定生産できるかが引き続き焦点になります2。
まとめ
- BSPDは電源配線をウエハ裏側に移設し、表側を信号配線専用にすることでIRドロップと配線混雑を同時に緩和する技術
- Buried Power Railだけで動的IRドロップを26%、BSPDと組み合わせるとさらに75%改善できるとする研究結果がある
- Intel PowerViaは18A世代(Panther Lake・Clearwater Forest)ですでに量産中で、Intel 3比で最大15%のperf/W改善などを公式に掲げている
- TSMC Super Power RailはA16世代で2026年後半の量産開始を予定し、まずAI・HPC向け顧客から展開される見込み
- SamsungもSF2Z・SF2Xで2027〜2028年ごろのBSPDN投入を計画しており、2nmチップ面積を最大17%縮小できるとされる
- ウエハ薄化・ナノTSVアライメント・熱管理・テスト工程など、量産化に向けた技術的な難所は各社共通の課題として残っている
もう少し詳しく(背景)
BSPDが実用段階に入ったタイミングは偶然ではありません。GAA(ゲートオールアラウンド)トランジスタの記事で扱ったように、GAA構造への移行そのものがトランジスタの微細化を一段進める技術ですが、GAAだけではチップ全体の配線資源(特に電源網)の逼迫までは解決できません。そこでGAAとBSPDをセットで投入することで、トランジスタ単体の性能向上と、チップ全体の配線効率向上を同時に達成しようというのが、Intel・TSMC・Samsung各社に共通する戦略になっています。実際、Intel 18AはRibbonFET(GAA)とPowerVia(BSPD)を世界で初めて同時搭載した世代として位置づけられており、プロセスノード(nm)とはで解説したように「nm」という数字自体の意味が薄れる中でも、こうした構造上の刷新が各社の実質的な世代間競争力を左右しています。
もうひとつの論点は、BSPDが歩留まりと製造コストに与える影響です。ウエハを裏返して薄化し、ナノTSVを精密に位置合わせする工程は、従来の前工程にはなかった新たなリスク要因を持ち込みます。歩留まりとコストの経済学で扱ったように、新しい工程ステップが増えるほど歩留まり低下のリスクは高まりますが、Intelの2023年テストチップの結果は、BSPDを追加してもコスト・信頼性・テスト工程に悪影響が出ないことを実証しており、この点が各社が量産投入に踏み切る自信につながったとみられます2。今後はBSPDの電源網をさらに活用し、裏側にキャパシタやレギュレータ回路まで統合する「裏側にロジック機能を持たせる」次のステップの研究も進んでおり、BSPDは単なる配線改善にとどまらず、3次元的なチップ設計の入り口としても注目されています。
参考資料・出典
- PowerVia Test Shows Industry-Leading Performance - Intel NewsroomIntel公式発表。PowerViaテストチップの実証結果に関する一次情報
- Intel 18A | Intel FoundryIntel公式。18A世代(RibbonFET+PowerVia)の性能仕様
- TSMC Uncorks A16 With Super Power Rail - Semiconductor EngineeringTSMC Super Power Railの技術詳細とA16統合の経緯に関する分析記事
- TSMC's A16 '1.6nm' Node Promises 10% Speed Boost or 20% Power Cut Over 2nm, With Backside Power Hitting Production by Q4 2026 - WCCFTechTSMC A16の性能改善幅と量産スケジュールに関する報道
- New Samsung 2nm roadmap shows backside power delivery coming in 2027 - TechSpotSamsung SF2ZにおけるBSPDN投入時期に関する報道
- Backside power delivery - imecimecによるバックサイド電源供給の技術解説(Buried Power Rail・nano-TSV・IRドロップ改善効果)
ゆるふわポータルでは、一次情報・公的資料にもとづき、専門用語をできるだけやさしく翻訳することを心がけています。内容に誤りや古い情報がある場合は、お問い合わせからご連絡ください。
執筆:ゆるふわ半導体編集部 最終更新日:2026年9月14日
Footnotes
-
imecの研究発表(VLSI等)。Buried Power Rail(BPR)単体での動的IRドロップ改善(26%)、BSPDN(ナノTSV+BPR)を組み合わせた場合のさらなるIRドロップ改善(75%)、および裏側配線の基本構造(ウエハ薄化・ナノTSVによる電源接続)について。 ↩ ↩2
-
Intel Newsroom「PowerVia Test Shows Industry-Leading Performance」(2023年6月)。Intel 4ベースのテストチップにおけるPowerViaの実証結果(標準セル利用率90%超、電圧ドループ改善30%超、動作周波数向上6%)、コスト・信頼性・テスト工程への悪影響がないことの実証、およびBuried Power Rail方式との接続方式の違いについて。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
Intel公式18A製品ページおよびニュースリリース。18A世代がRibbonFET(GAA)とPowerViaを世界で初めて同時に量産投入する世代であること、Intel 3世代比での性能改善(perf/W最大15%、iso power時最大18%高性能、iso performance時最大38%低消費電力、チップ密度30%向上)、Panther Lake・Clearwater ForestがFab 52(アリゾナ州チャンドラー)で量産されていることについて。 ↩ ↩2
-
Semiconductor Engineering「TSMC Uncorks A16 With Super Power Rail」(2024年4月)。Super Power RailがN2ではなくA16世代に統合された経緯、裏側直接コンタクト方式がBuried Power Rail・PowerVia方式と比較して面積スケーリングに優れるという分析について。 ↩ ↩2
-
TSMC A16に関する報道(TrendForce、WCCFTech等、2025〜2026年)。A16がN2P比で得る性能改善(同電力時8〜10%高速化、同速度時15〜20%低消費電力、チップ密度8〜10%向上)、HPC/AI向け用途を優先した2026年後半の量産開始予定について。 ↩
-
Samsung 2nmロードマップに関する報道(TrendForce、Tom's Hardware等、2024〜2026年)。SF2Z・SF2XでのBSPDN投入時期(2027〜2028年ごろ)、およびBSPDN導入によるチップ面積縮小効果(最大17%)の見立てについて。 ↩