
AIデータセンターの液冷技術 — なぜDirect-to-Chipと二相冷却が『必須』になったのか
2026-09-12 ・ 実践
生成AIの学習・推論クラスタは、GPU1基あたりの消費電力が1kWを超えるようになり、ラック単位では100kWを軽く超える発熱を出すようになりました。従来のデータセンターを支えてきた空冷(ファン+冷水式チラー)では、この熱密度を安全に排出しきれません。その結果、2025〜2026年にかけて、GPUに直接接触するコールドプレートで熱を奪うDirect-to-Chip(DTC)液冷と、サーバー全体を液体に沈める液浸冷却が、AIデータセンターのデファクトスタンダードになりつつあります。この記事では、液冷が「あったら良い技術」から「なければ成立しない技術」に変わった背景と、単相・二相という液冷方式の違い、主要プレイヤーの投資動向を整理します。
この記事で分かること
- NVIDIA GB200 NVL72は1ラック120〜132kW、次世代品は240kW超に達し、空冷オンリーのSKUは存在しない
- ラック電力がおおむね50kWを超えるとDirect-to-Chip液冷がデフォルトの冷却方式になり、均一な高密度環境では液浸冷却も選択肢に入る
- 水冷コールドプレートが依然主流だが、ヒートスポット対策と保守性の面で二相コールドプレートへの戦略投資が活発化している
- 二相冷却は潜熱を利用して温度ムラを抑えつつ、45〜50℃級の高温冷却水でも運用でき、フリークーリングの余地を広げる
対象読者:AIインフラのハードウェア・データセンター設計に関わるエンジニアの方
執筆:ゆるふわ半導体編集部 最終更新日:2026年9月12日
空冷が限界を迎えた理由
Direct-to-Chip(DTC)液冷(だいれくとつーちっぷえきれい)
CPUやGPUのパッケージ上に「コールドプレート」と呼ばれる熱交換器を直接取り付け、その中を流れる液体(水や冷媒)でチップの熱を奪う冷却方式です。空気よりも熱を運ぶ能力(比熱・熱伝導率)がはるかに高い液体を使うことで、ファンによる空冷では追いつかない高密度の発熱に対応できます。
AI学習用GPUの熱設計電力(TDP)は世代を追うごとに跳ね上がっており、1チップあたりの発熱がすでに1〜2kW級に達しています。NVIDIAのGB200 NVL72システムは1ラックあたり120〜132kWを消費し、次世代アーキテクチャでは240kWを超える見込みです1。このクラスの発熱を空気で排出しようとすると、必要な風量とファン動力が現実的な範囲を超えてしまい、そもそもラック単位で成立しません。GB200 NVL72はGPU・CPU・NVLinkスイッチにDirect-to-Chipコールドプレートを標準搭載する設計になっており、空冷オンリーのSKUは用意されていません1。もっとも、現行のGB200 NVL72の実際の運用は液冷85%・空冷15%程度のハイブリッド構成が一般的で、メモリやストレージ、電源系統など一部のコンポーネントは今も空冷に頼っています1。
120〜132kW
GB200 NVL72の1ラックあたり消費電力
240kW超
次世代AIラックの想定消費電力
約50kW
Direct-to-Chip液冷がデフォルトになる目安のラック電力
1.03〜1.08
液浸冷却で達成されるPUEの目安
半導体の熱密度がここまで上がった背景には、GPUパッケージ自体の高性能化・高集積化があります。トランジスタの微細化と歩留まりの関係については歩留まりとコストの経済学、AIチップの帯域面の課題についてはAI半導体とHBMの記事でも扱っていますが、いずれも「1パッケージにより多くの機能を詰め込む」方向の進化が、結果として単位面積あたりの発熱を押し上げているという共通点があります。
Direct-to-Chipと液浸冷却、どちらを選ぶか
Direct-to-Chip(コールドプレート)
- GPU・CPUなど高発熱部品にのみコールドプレートを装着
- 既存のラック筐体をベースに段階的に導入しやすい
- メモリや電源など一部のコンポーネントは空冷が残る
- GB200 NVL72など主要リファレンス設計の標準構成
液浸冷却(イマージョン)
- サーバー全体を誘電性の冷却液に浸し、ほぼ100%の熱を液体で回収
- ファンが不要になりPUE 1.03〜1.08級の高効率を実現しやすい
- 均一な高密度フリート向けで、専用タンク筐体への総入れ替えが必要
- 保守・部品交換の運用フローを液浸前提に再設計する必要がある
業界の実態としては、ラック電力がおよそ50kWを超えたあたりからDirect-to-Chip液冷が「デフォルトの冷却アーキテクチャ」になり、液浸冷却は構成が均一な高密度フリートに限定的に採用される、という棲み分けが進んでいます2。DTCは既存のデータセンター設計を大きく作り替えずに導入できる一方、液浸冷却はサーバーの形状からラックの什器まで専用設計が必要になるため、導入のハードルは高いものの、熱回収効率では優位に立ちます。
水冷から二相冷却へ:コールドプレートの次の戦場
DTCの内部でも、コールドプレートを流れる冷媒の種類によって設計思想が分かれます。現在主流なのは水にプロピレングリコールを25%混ぜた「PG25」と呼ばれる水冷コールドプレートで、実績の長さと部材調達のしやすさから広く採用されています3。しかし、GPUのTDPが2kWを超え、CPUも1kWに迫る中で、水冷コールドプレートだけでは対応しきれない局所的な「ヒートスポット」の問題が顕在化しつつあります。
二相冷却(Two-Phase Cooling)(にそうれいきゃく)
冷媒がコールドプレート内でチップの熱を吸収して沸騰し、液体から気体へと相変化(フェイズチェンジ)することで、潜熱を利用して大量の熱を運び去る冷却方式です。Accelsysのようにコールドプレート内の一部だけが沸騰する「フロー・ボイリング」方式と、ZutaCoreのようにコールドプレート全体が沸騰する「プール・ボイリング」方式があります。単相の水冷に比べて必要な流量が少なく、温度ムラが起きにくいのが特徴です。
この二相冷却をめぐって、2025〜2026年にかけて戦略的な投資が相次いでいます。二相コールドプレートの主要プレイヤーであるAccelsiusにはJohnson ControlsとLegrandが、ZutaCoreにはCarrierがそれぞれ出資しており、冷却プレートから熱輸送、最終的な排熱までを一気通貫で提供する体制づくりが進んでいます3。背景には、水冷コールドプレート市場がすでに飽和状態にある一方、二相冷却には他社との差別化の余地が大きいという業界側の計算もあります。
液冷アーキテクチャが高度化する流れ
空冷
ファン+チラーで冷やす従来方式。ラック電力が数十kW規模までが限界
水冷コールドプレート(PG25)
GPU・CPUに直接コールドプレートを当てる。現在最も普及している方式
二相コールドプレート
潜熱を利用し、少ない流量でヒートスポットを均一に冷やす。Accelsius・ZutaCoreが牽引
液浸冷却
サーバー全体を冷却液に浸し、ほぼ全ての熱を液体で回収。PUE 1.0台前半を狙える
二相冷却の課題:PFAS規制
二相冷却で使われる工学冷媒の多くは、いわゆる「永遠の化学物質」と呼ばれるPFAS(有機フッ素化合物)に分類されるか、その分解生成物がPFASに該当します。欧州や日本など規制の厳しい市場では、この点が導入の障壁になり得るとされており、代替冷媒の研究が今後の普及ペースを左右します3。
「45℃の水」が変える排熱インフラ
液冷の進化は、データセンターの排熱インフラそのものの設計も変えつつあります。2026年初め、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOが45℃という高温の冷却水供給の技術的な実現可能性に言及し、業界に波紋を広げました3。多くの気候帯で、これほど高温の水を使えれば圧縮機(チラー)を使わないドライクーラーや蒸発式冷却だけで排熱でき、消費電力を大きく削減できます。ただし、NVIDIA製システム専用の冷却系統を別途持つ必要が生じたり、コンピュートの動作速度低下や部品の摩耗が早まったりするトレードオフがあるため、現時点でこの方式を採用する事業者は限定的です3。
二相冷却はこのトレードオフを緩和しうる技術としても注目されています。液体から気体への相変化が供給・還流間の温度上昇を小さく抑えるため、二相冷媒の沸点よりわずかに低い温度(例えば50℃前後)で高温水を供給しても、局所的な熱ムラや熱応力の増大を招きにくいとされています3。
まとめ
- NVIDIA GB200 NVL72は1ラック120〜132kW、次世代品は240kW超に達し、空冷オンリーでは成立しなくなっている
- ラック電力がおよそ50kWを超えるとDirect-to-Chip液冷がデフォルトになり、液浸冷却は均一な高密度フリート向けの選択肢として位置づけられる
- 現在主流の水冷コールドプレート(PG25)に対し、ヒートスポット対策と保守性の観点から二相コールドプレートへの戦略投資(Johnson Controls・Legrand・Carrierなど)が活発化している
- 二相冷却は潜熱を利用した高い温度均一性が強みだが、冷媒のPFAS規制という課題も抱える
- 45℃級の高温冷却水を使ったフリークーリングの議論も進んでおり、二相冷却はこのトレードオフを緩和する技術としても注目されている
もう少し詳しく(背景)
液冷の主戦場が「導入するかどうか」から「どの液冷方式を選ぶか」に移ったのは、AIチップの熱密度がハードウェア設計の前提を覆すペースで上がり続けているからです。GPUパッケージの微細化・高集積化が進むほど、単位面積あたりの発熱(熱流束)は増加します。トランジスタ微細化の経済性については歩留まりとコストの経済学で、パッケージ内によりデータを高速供給するための技術についてはCo-Packaged OpticsやAI半導体とHBMの記事でも触れていますが、いずれも半導体パッケージがより多くの機能を密に統合する方向に進化しており、その副作用として排熱の難易度も同時に上がっているのが実情です。
技術的に興味深いのは、二相冷却の普及がコールドプレート単体の性能競争ではなく、サプライチェーン全体の再編を伴っている点です。Accelsius・ZutaCore・Boyd Thermalといった専業メーカーが独自規格のCDU(冷却分配ユニット)を展開しているため、水冷のように部材を相互互換で調達することが難しく、どのエコシステムを選ぶかがそのままベンダーロックインにつながりかねません。Uptime Instituteの分析によれば、二相冷却が本格的に普及するには、単一の性能優位性だけでなく、より多くのサプライヤーからの広範な対応と、水冷なみのコンポーネント網羅性(メモリ・SSD・電源系統まで冷やせるか)が必要になるとされています3。長期的には、二相冷却の誘電特性を活かして液体をシリコンパッケージのさらに内部へ近づける設計も研究されており、液冷技術は今後もAI半導体の性能向上と一体で進化していくとみられます。
参考資料・出典
- GB200 NVL72 | NVIDIANVIDIA公式製品ページ。GB200 NVL72の電力・冷却仕様に関する一次情報
- Investments back two-phase cooling as water cold plate successor - Uptime Institute BlogUptime Institute。二相冷却の技術詳細、投資動向、PFAS規制、45℃高温冷却水に関する分析記事
- Cooling innovations: Immersion, liquid-to-chip, and advanced air cooling for AI infrastructure - CUDO ComputeAIインフラ向け冷却方式(液浸・Direct-to-Chip・空冷)の比較分析
- Why AI rack densities make liquid cooling nonnegotiable - Network WorldAIラックの高密度化と液冷導入の必然性に関する報道
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執筆:ゆるふわ半導体編集部 最終更新日:2026年9月12日
Footnotes
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NVIDIA公式GB200 NVL72製品ページ、および業界分析(CUDO Compute、Network World等)。GB200 NVL72の1ラックあたり消費電力(120〜132kW)、次世代アーキテクチャの想定電力(240kW超)、GPU・CPU・NVLinkスイッチへのDirect-to-Chipコールドプレート標準搭載、実運用における液冷85%・空冷15%程度のハイブリッド構成について。 ↩ ↩2 ↩3
-
データセンター冷却の業界分析(CUDO Compute、Adam Silva Consulting、KAD等、2026年)。ラック電力がおよそ50kW超でDirect-to-Chip液冷がデフォルトのアーキテクチャになり、液浸冷却は均一な高密度フリートに限定的に採用されるという市場動向について。 ↩
-
Uptime Institute Blog「Investments back two-phase cooling as water cold plate successor」(2026年7月)。PG25水冷コールドプレートの現状、Accelsius・ZutaCore・Boyd Thermalの二相冷却技術とJohnson Controls・Legrand・Carrierの戦略投資、二相冷却の流量低減効果、PFAS規制の課題、45℃高温冷却水に関するNVIDIA CEOの発言とそのトレードオフについて。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7